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広島地方裁判所 昭和62年(わ)411号 判決

主文

被告人を懲役六月に処する。

未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

右猶予の期間中被告人を保護観察に付する。

理由

(罪となるべき事実)

Aにおいて、広島市中区西平塚町一番一二号第二篠崎ビル三〇三号室において、不特定の遊客が電話で売春婦の紹介を依頼して来るとあらかじめ契約している売春婦を客の指示するホテル等へ派遣するというデートクラブ形式の「るんるん」と称する売春クラブを経営していたところ、被告人は、Aから同人が用意した「るんるん」の店名、その電話番号×××―××××等が印刷された客寄せ用の宣伝ビラを広島市内にある公衆電話ボックス内への貼付を依頼されるや、右Aの売春クラブ経営事情やビラの効用を知りながら、これを引き受け、昭和六一年八月二六日ころ、広島市中区土橋町四番一七号明治生命広島西営業所西側歩道上に設置されている公衆電話ボックス内において、前記「るんるん」の宣伝ビラ三枚位を電話器上部あたりの支柱に貼付し、よつて、Aが、売春クラブ「るんるん」の従業員B及び同Cと共謀のうえ、昭和六一年九月一日、第二篠崎ビル三〇三号室において、被告人が貼付した右「るんるん」の宣伝ビラを見て売春婦の紹介依頼の電話をしてきた不特定の遊客であるMに対し、同人が指定した広島市中区大手町二丁目一〇番所在の「ホテル水苑」の三〇二号客室に売春婦である夕子ことN(当時三三年)を派遣して、同女にMを売春の相手方として引き合わせて売春の周旋をするに至らしめ、もつて、Aらの売春の周旋を容易ならしめてこれを幇助したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(予備的訴因を認定した理由など)

一本件公訴事実の主位的訴因は、「被告人は、広島市中区西平塚町一番一二号第二篠崎ビル三〇三号室においていわゆるデートクラブである売春クラブ「るんるん」を経営するAと共謀の上、売春の周旋をする目的で、被告人が、昭和六一年八月二六日、同市同区土橋町四番一七号明治生命広島西営業所西側歩道上に設置されている公衆電話ボックス(整理番号三三二八)内において、右デートクラブ「るんるん」の「るんるん」と称する店名、若い女性の水着姿の写真、「×××―××××」なる右三〇三号室の電話番号等を記載し売春婦派遣の用意があることを伝える売春の客寄せ用ビラ三枚位を同電話ボックス内の電話器上部あたりの支柱に貼付し、もつて不特定多数の者に対し売春の相手となるよう誘引したものである。」というものであつて、右ビラの貼付行為が、売春防止法六条二項三号所定の「売春の周旋をする目的でなした、広告その他これに類似する方法により人を売春の相手方となるように誘引すること。」に該当するとの主張である。

二前掲の証拠によれば、Aは「るんるん」等の名称で、従業員としてBやCを雇つて、広島市中区西平塚町一番一二号第二篠崎ビル三〇三号室等で俗にデートクラブと称する売春クラブを経営していたこと、被告人は昭和六一年八月ころにはA経営の売春クラブの宣伝用ビラの貼付を専属的に引受けていたこと、実際にも被告人は公訴事実記載の日時場所の公衆電話ボックス内において本件「るんるん」の宣伝用ビラ三枚位を貼付したこと、Mは、右電話ボックス内に貼付されていた本件ビラを見て、昭和六一年九月一日、×××―××××に架電し、第二篠崎ビル三〇三号にいて電話の応対に出たB及びCの両名に対し、「ホテル水苑の三〇二号室にいるから女の子をお願いします。」と売春婦の派遣方を依頼し、右両名はあらかじめ売春契約を締結していた「夕子」ことN(当時三三年)にホテル水苑で待機しているMを相手に売春するよう指示し、広島市中区大手町二丁目一〇番所在の「ホテル水苑」の三〇二号室において、NにMを売春の相手方として引き合わせ、もつて、A、B、及びCの三名が、共謀のうえ、売春の周旋をしたことを、それぞれ認めることができる。

三前掲証拠に基づき、更に検討するに、本件ビラは、横七センチメートル、たて一〇センチメートルの大きさのカラー印刷のものであつて、水着姿の若い女性の写真のほか、「るんるん」、「女子大生」、「OL」、「人妻」、「ギャル募集」、「×××―××××」の語句が印刷されたにすぎないものであるが、このようなビラであつても、広島市内においては、売春クラブが売春契約を締結してかかえている売春婦の相手方としての男客を得る方法として機能し、二次的には売春婦を確保する機能をも果していることが認められる。

本件ビラが、売春防止法六条二項三号所定の「広告その他これに類似する方法」の一つに該当すること自体は明らかであるところ、同法六条二項は、周旋という売春を助長する行為の予備的ないしは未遂的段階にある行為を罰しようというものであるが、その理由はその行為自体外形的に社会の善良な風俗をみだすという点に求められる以上、同条項三号の広告等の内容は、売春の周旋をする意思が表示されていることを要すると解され、事実上売春クラブの宣伝として機能しているというだけでは要件を充足しないと言うべきである。

このような観点から、本件ビラを更に検討するに、前記店名や電話番号等のほかには、売春の時間とか対償としての料金は印刷されていないばかりか、同種ビラの一部に見られるような、「SMプレイOK」、「スリムな私達ですやさしくネ」、「選び抜かれたレディをあなたに」、「あなたのストレス解消します!」等の語句も一切添えられていないのである。したがつて、売春防止法四条の規定をも併せ考慮すれば、被告人が貼付した本件ビラが、それ自体売春の周旋の意思を間接的にしろ表示しているものとまでは、評価し難いと言わざるを得ない。

四前記二で認定したとおり、被告人の本件ビラ貼付行為がAらが昭和六一年九月一日に行つた不特定の遊客であるMと売春婦N間における売春の周旋を要易ならしめたことは明らかであり、また被告人の前科歴等に徴すると、被告人は、Aらの経営するデートクラブ形式の売春クラブの実態、特に宣伝ビラの持つ効用に精通していたことが明らかであるから、自己の行うビラ貼付行為が売春の周旋を要易をならしめる点の認識も十分肯認できる。

五以上のとおりであるから、前判示のとおり、主位的訴因を認定せず、予備的訴因を認定した次第である。

六なお、弁護人は、本件起訴は、被告人をAに対する被疑事件の参考人として取調べた上なされたものであるから違法であり、公訴権濫用を理由にして公訴棄却されるべきであるかの如く主張しているが、右のような理由だけで起訴が直ちに違法となるものではなく、また、本件では証人Oの当公判廷における供述並びに前掲の被告人の供述調書の形式及び内容によれば、被告人は被疑者として取調べられたことが認められるのであつて、そのほか公訴権濫用と目すような違法が本件起訴に窺えるような事情はないことが明らかであるから、弁護人の右主張は採用できないことを付言する。

(法令の適用)

罰条 刑法六二条一項、売春防止法六条一項

刑種の選択 懲役刑選択

法律上の減軽 刑法六三条、六八条三号

未決勾留日数算入 刑法二一条

執行猶予 刑法二五条一項

保護観察 刑法二五条の二第一項後段

訴訟費用 刑事訴訟法一八一条一項但書

(量刑の理由)

被告人の本件犯行は、前判示のとおりであつて、広島市内においては同種事犯が多発している状況にあるが、直接には、公衆電話ボックスを所有管理する会社に対して多大な迷惑となるだけでなく、更に社会の美観を損ねる結果となること、また、裏では、本件のように売春の周旋を助けることとなり、デートクラブ形式の売春クラブの経営を支える結果となるのであつて、犯情は悪く、加えて、被告人は、昭和六〇年八月に売春防止法違反で懲役六月(執行猶予三年)に処せられたにもかかわらず、その後もデートクラブのビラ貼付を累行し、本件犯行に及んだ(すでに三度拘留刑に処せられている。)のであつて、被告人の刑責は軽視し難いものがあると言わざるを得ない。

しかしながら、本件と同種行為は、軽犯罪法三二号に該当するものとして処理され、量刑については被告人のような累行者に対しては最高刑の拘留二九日に処せられることが多いようである。当裁判所は、前記判示のとおり、ビラ貼付行為が結果として売春の周旋を要易ならしめたという事実関係が明らかになれば、売春防止法六条一項の幇助犯になり得ると解するが、被告人は、本件により約一五〇日間勾留(ただし、その間拘留刑の執行がある。)されているのであつて、前記の軽犯罪法違反のみで処理される場合を考慮すると、実質的処罰を受けたといつても過言ではないのであり、被告人は、本件公判を通じて反省の情を深めていることが窺え、今後売春関係の仕事にかかわらない旨誓つている等の事情が認められるので、これらを最大限考慮の上、主文のとおり再度刑の執行を猶予することとした次第である。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官長岡哲次)

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